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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)928号 判決

被告 八代信用金庫

理由

控訴組合が組合員の漁業生産力の増進、その経済的、社会的地位の向上等を目的とする協同組合であり、被控訴金庫が預金の受入、資金の貸付等を業とする信用金庫であること、ならびに控訴組合が荒瀬ダム建設による球磨川電源開発の漁業権損失補償金として熊本県より、昭和二九年七月二一日金一〇〇〇万円、同年八月五日金五〇〇万円、同年九月三〇日金五〇〇万円、同年一二月一七日金二〇〇〇万円以上合計金四〇〇〇万円の交付を受け、その都度これを被控訴金庫に対し普通預金として預入れたことはいずれも当事者間に争がない。

しかるに別表一及び二にそれぞれ記載する通り、控訴組合の被控訴金庫に対する預金の内、右以外の預入、払戻の日時及び金額につき当事者間に一部争があり、延いて預金残額についてもその主張を異にしているので、以下この点について考察する。

控訴組合は、原審(第一、二回)証人泉幸子の証言により真正な成立を認め得る甲第一号証、成立に争のない同第一一号証の一、二をもつてその主張の主たる根拠となし、右各号証及びその記載内容に照応する原審証人別府房治の証言(第一、二回)によれば、控訴組合の預金の預入及び払戻の状況が別表一の通りであることを一応認め得るごとくである。しかしながら(証拠)を総合すれば、右甲第一号証及び同第一一号証の一、二の作成された経緯及びその内容につき次の事実が認められるのであつて、右各号証は控訴組合の預金の預入及び払戻の状況を全面的に示すものとは解せられず、したがつて又別府証人の証言もたやすく採用することができない。すなわち昭和二五年頃より昭和三一年七月頃まで控訴組合の理事で組合長であつた訴外大野武良志は、昭和二八年六月頃より昭和三一年七月頃まで被控訴金庫の理事を兼ね(当初は専務理事、次いで昭和三〇年五月頃より理事長となる)控訴組合及び被控訴金庫の各運営につきいずれも中心的存在となつていた。しかして被控訴金庫には控訴組合関係の預金口座として、いわゆる七号台帳(乙第一号証の一、二)及び九号台帳(同第二号証の一、二)の各口座があつた。前者は控訴組合の通常経費に充てるべき預金であつたが、後者は前記補償金を預入れたもので順次組合員に配分すべきものであつて、両口座の記載はすべて係員により伝票に基いて正確になされていた。ところで前記大野は、控訴組合及び被控訴金庫の各運営につき実権を有していた関係上予ねてその双方の資金をも殆ど一手に掌握していたが、特に被控訴金庫の資金を自由に操作する手段として、一般の預金の内多額で且つ当分払戻の請求がなされないと予想される口座を摘出していわゆる一〇号台帳を作成し、これを簿外預金として利用していた。しかるに昭和三〇年頃控訴組合の組合員の間に控訴組合の運営につき大野に不正行為があるとしてこれを問責しようとする動きが起つたので、大野はこれに対処するため、同年半頃預金係員土屋幸子(現姓泉)に命じ、主として前記九号台帳中の控訴組合の預金口座の記載から、又一部は七号台帳の控訴組合の預金口座の記載から、いずれも控訴組合の帳簿の記載に合致し控訴組合員の了承を得ることのできる預入及び払戻のみを摘記し、更に右両口座のいずれにも記載のない同性質の払戻をも併せ記載して短時日の間に控訴組合の預金口座(甲第一一号証の一、二)を作成させ、これを一〇号台帳の一部となし、同時に右内容に照応する預金通帳(甲第一号証)を作成させた。そしてその後も右口座及び通帳に同性質の記載をさせたのであるが、このようなわけで右口座の性格は一〇号台帳中の爾余の口座とは趣を異にし、右通帳と相俟つて専ら控訴組合の組合員ないし役職員の求めによりこれに閲覧させて当面を糊塗する目的の下に作成されたものである。したがつて甲第一号証及び同第一一号証の一、二は、控訴組合の預金の状況の一部を示すにとどまるものである。

しかも前記採用の各証拠によれば、更に次の事実が認められる。すなわち大野は前記の通り、控訴組合及び被控訴金庫の各資金を殆ど一手に掌握しており、控訴組合の預金についても控訴組合の組合長の資格においてこれをほしいままに払戻し、又別途財源から随時預入する等自由に操作していたものであつて、本件補償金関係の預金も当初は九号台帳中の控訴組合の預金口座に記帳されていたが、控訴組合の組合員に配分するためその大半を払戻した外、大野において自由に預入、払戻を重ねた揚句、昭和三〇年六月以降は七号台帳中の控訴組合の預金口座に記帳するようになり、爾後も亦自由に預入、払戻を重ねた。そして以上の預入、払戻の状況の明細は別表二記載の通りであり、又大野が控訴組合の組合長として控訴組合の預金から払戻を受けた金員を、その直接又は間接の使途によつて分類すれば、控訴組合の用途に充てたもの、被控訴金庫の経費、欠損補填等の用途に充てたもの、ならびに大野個人の用途に充てたものの三種類に大別されるものである。以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

このように大野は、控訴組合の組合長の資格において正規の預入又は払戻の手続を経て控訴組合の預金を現実に預入れ又は払戻しているのであつて、これをもつて仮装のものであるとは認められない。(甲第二三、二四号証の各一、二によれば、預入当時その金額に相当する資金が控訴組合に存在しなかつたことのある事実も認められるが、大野が前記の通り別途財源から預入をなしている場合のあることを考慮すれば、このことは格別問題とするに足りない。)したがつて右預入又は払戻は控訴組合に対する関係において原則としていずれも有効であるといわなければならないが、大野は当時被控訴金庫の理事の資格をも有していたのであるから、右払戻の金員の内、すくなくとも被控訴金庫の用途に充てられた部分は、たとえ大野が控訴組合の組合長の資格において払戻を受けたものであつても、一旦控訴組合の有に帰した金員を被控訴金庫のために費消したと解すべきではなく、この場合払戻は金員流用の一の手段であつて、控訴組合の預金を直接被控訴金庫の用途に充てたものであるというべくこの部分についてはいまだ控訴組合に対し有効な払戻はなされていないと解するのを相当とする。

しかしながら大野が控訴組合の預金から払戻を受けた金員の内、果して幾何が控訴組合又は大野個人の用途に充てられることなく、専ら被控訴金庫の用途に充てられたかという点については、本件に現われたすべての証拠をもつてしても遂にこれを確認することができない。換言すれば大野が払戻を受けた金員の内、控訴組合に対する有効な払戻とならない金額、したがつて又預金の残額はこれを確定することができないのである。

しからば控訴組合の本訴請求中、預金残額の払戻を請求原因とする部分は、その金額の証明が得られないことに帰し、したがつて該請求は被控訴金庫が預金残額として自認する金四万二九九四円及びこれに対する控訴組合の請求の日である昭和三一年八月一八日より完済まで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを認容すべきであるが、その余は失当として排斥するの外ない。

次に控訴組合の本訴請求中被控訴金庫の不当利得を請求原因とする部分は、上来説示するところと同一の理由により被控訴金庫の利得額を確定することができないので、既にこの点においてこれ亦排斥を免れない。

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